ことわざ》にもいう十月の中十日《なかのとうか》の短い日はあわただしく暮れて、七兵衛がお兼ばあやの給仕で夕飯をくってしまった頃には、表はすっかり暗くなった。本所へ出て行った三人はまだ帰って来なかった。相手が留守なので張り込んでいるのだろうと思っていたが、あまり遅いので七兵衛も少し不安になった。どんな様子か見とどけに行って来ようかと身支度をして門《かど》を出るところへ、いつもの勘次が空手《からて》で来た。
「親分。申し訳がありません。富の野郎が持病の疝気で、今夜はどうしても動けねえと云うんですが……」
「それでお前ひとりで出て来たのか。正直な男だな。実はこれから本所まで御用で行くんだから、今夜はお前に用はなさそうだが、まあそこまで一緒に附き合ってくれ、途中で又どんな掘出し物がねえとも云えねえ」
「あい。お供します」
女房の尻に敷かれているらしい男だけに、意気地はないが正直で素直な彼を、七兵衛は可愛く思った。ふたりは話しながら両国の方へ歩いてゆくと、長い橋のまん中まで来かかった時に、あたまの上を雁が鳴いて通った。
「だんだんに寒くなりますね」
「むむ、これから筑波颪《つくばおろし》でこの橋
前へ
次へ
全34ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング