を咬み切ったのであろう。七兵衛はその指を鼻紙につつんで袂に入れた。
「気の毒だが、死骸をその駕籠に乗せてくれ」
 死骸を運ばせて、型の通りに検視をうけると、女は両国の列《なら》び茶屋の女でお秋というものと判った。胸の疵はやはり槍で突かれたのであった。
「また槍突きか」と、検視の役人は云った。世間の者もそう認めて、お秋の死骸はそのまま引き渡された。併し七兵衛にはそうらしく思われなかった。これまでの手口から考えても、また自分の経験から考えても、槍突きの曲者《くせもの》は柄の長い槍で遠方から突くのである。女を抱きすくめて其の女の口をおさえて胸を突くような遣り口は一度もない。これは槍突きのはやるのを幸いに、槍の穂で女を突き殺して、これも槍突きの仕業《しわざ》であるらしく世間の眼をくらます手段に相違ないと鑑定した。
 女の口にくわえていた小指に藍《あい》の色が浸みているのを証拠に、七兵衛は子分どもに云いつけて紺屋《こうや》の職人を探させた。向う両国の紺屋にいる長三郎という今年十九の職人が、すぐに召捕られた。長三郎は列び茶屋のお秋に熱くなって、この夏頃から毎晩のように入り込んでいたが、自分よりも年
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