あくる日も二人の駕籠屋は正直に夕方からたずねて来たので、七兵衛はかれらを先に立たせて、ゆうべのように寂しい場所を択《えら》んで歩いたが、今夜もそれらしい者のすがたを見付けなかった。
「又あぶれか。仕方がねえ。あしたも頼むぜ」
 今夜も酒手をやって駕籠屋に別れて、七兵衛は寒い風に吹かれながら浜町河岸《はまちょうがし》をぶらぶら帰ってくると、駕籠屋のひとりが息を切ってうしろから追って来た。うすい月の光りに見かえると、それは勘次であった。
「親分。大変です。女がまた殺《や》られています」
「どこだ」
「すぐそこです」
 一町ばかりも河岸に付いて駈けてゆくと、果たしてひとりの女が倒れていた。廿三四の小粋な風俗で、左の胸のあたりを突かれているらしかった。七兵衛が死骸をかかえ起して、胸をくつろげて先ずその疵口をあらためると、からだはまだ血温《ぬくもり》があった。たった今|殺《や》られたにしては、なにかの叫び声でも聞えそうなものだと思いながら、念のために女の口を割ってみると、口のなかから生々《なまなま》しい小指があらわれた。声を立てさせまいとして片手で女の口をおさえたので、女は苦しまぎれにその小指
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