。他国者の才蔵が赤児をかかえて、寒い夜なかに江戸の町なかをさまよい歩いていたという、その理窟が呑み込めなかった。殊に赤児が二本の怪しい牙をもっているだけに其の疑いはいよいよ深くなった。
やがて町奉行所から当番の役人が出張して、医師も立ち会いで検視をすませたが、死人のからだには仔細なく、やはり大酔のために路傍《みちばた》に倒れて、前後不覚のうちに凍死を遂げたものと決められてしまった。しかしかれの抱えている鬼っ児の正体は係り役人にも判らなかった。半七は八丁堀同心菅谷弥兵衛の屋敷へ呼ばれた。
「どうだ、半七。けさの行き倒れは、何者だと思う。あんな因果者を抱えているのをみると、香具師《やし》の仲間かな」と、弥兵衛は云った。
「さあ、手のひらの硬い工合《ぐあい》がどうも才蔵じゃねえかと思いますが……」
「むう。おれもそう思わねえでもなかったが、香具師ならば理窟が付く。やあぽんぽんの才蔵じゃあ、どうも平仄《ひょうそく》が合わねえじゃあねえか」
「ごもっともです」と、半七も考えていた。「しかし旦那の前ですが、その平仄の合わねえところに何か旨味《うまみ》があるんじゃありますまいか。ともかくもちっと洗
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