三月しか経つまいと思われるぐらいの嬰児《みずこ》であったが、その上顎の左右には一本ずつの牙が生えていた。俗にいう鬼っ児である。この鬼っ児をかかえて往来に倒れていた男――それには何かの仔細があるらしく思われた。近所の人にだんだん問い合わせると、前の晩の夜ふけに彼によく似た男が通りがかりの夜鷹蕎麦《よたかそば》を呼び止めて、燗酒《かんざけ》を飲んでいるのを見た者があるとのことであった。それらの話から考えると、かれは寒さ凌《しの》ぎに燗酒をしたたかに飲んでの前後不覚に酔い倒れて、とうとう凍《こご》え死んでしまったのではあるまいかと半七は判断した。かれは木綿の財布に小銭《こぜに》を少しばかり入れているだけで、ほかにはなんにも手掛りになりそうなものを持っていなかったが、半七はその右の手のひらの鼓胝《つづみだこ》をあらためて、彼はおそらく才蔵であろうとすぐ鑑定した。たとえ万歳であろうが、才蔵であろうが、勝手にくらい酔って凍え死んだというだけのことであれば、別にむずかしい詮議はいらない。そのまま町《ちょう》役人に引き渡してしまえばいいのであるが、彼のふところに抱えていた赤児の来歴がどうも判らなかった
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