みると、富蔵の家は半焼けのままで頽《くず》れ落ちて、咽《む》せるような白い煙りは狭い露路の奥にうずまいて漲《みなぎ》っていた。町内の者も長屋の者も、その煙りのなかに群がってがやがや[#「がやがや」に傍点]と騒いでいた。
「どうも騒々しいことでした」
 きのうの女房を見掛けて半七が声をかけると、あわて眼《まなこ》のかれも一朱くれたきのうの人を見忘れなかった。
「きのうはどうも……。でも、まあ、この風でこのくらいで済めば小難でした」
「小難はおめでてえが、なにか変死があるというじゃありませんか。焼け死んだのですか」と、半七は何げなく訊いた。
「それが判らないんです。あの富さんが焼け死んで……。お津賀さんも……」
「そうですか」
 半七はすぐに火元へ行った。もうこうなっては仮面《めん》をかぶっていられないので、かれは自分の身分を名乗って、家主《いえぬし》立ち会いで焼け跡をあらためた。近所の人達が早く駈け付けて、すぐ叩き毀してしまったので、半焼けと云っても七分通りは毀れたままで焼け残っていた。半七はその家のまわりを見廻りながら、ふとその隣りの稲荷の祠《ほこら》に眼をつけた。
「この稲荷さまは無
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