も親分の前で自分に恥をかかした富蔵を、亀吉は心から憎んでいた。きのう半七に別れてから彼は吉原へ遊びに行ったが、あまり好くも扱われなかったむしゃくしゃ腹で、引け前に廓《くるわ》を飛び出して、阿部川町《あべかわちょう》の友達を叩き起して泊めて貰った。彼もこの強い風に枕を揺《ゆす》られておちおち眠られずにいる耳もとに、人の立ち騒ぐような声が遠くひびいた。火事かしらとすぐに飛び起きてその騒がしい方角へ駈け付けてみると、果たして火事には相違なかったが、それは稲荷町の長屋の一軒焼けで鎮まった。
火事は先ずそれで済んだが、済まないのは、その火元に男が死んでいることである。死んだ男はかの富蔵であった。一つ長屋のお津賀の死骸も井戸から発見された。
「こういうわけだから私ひとりじゃいけねえ。お前さんも早く来ておくんなせえ」
「よし、すぐに行く。なにしろ飛んだことになったものだ」
半七は身支度をして、亀吉と一緒に出てゆくと、師走二十九日のあかつきの風は、諸刃《もろは》の大きい剣《つるぎ》で薙《な》ぎ倒そうとするように吹き払って来た。ふたりは眼口《めくち》をふさいで転げるようにあるいた。稲荷町へ行き着いて
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