六の女が二、三度たずねて来たそうです。お前さんよく知っていますね」
「むむ、知っている」と半七は笑っていた。「もう大抵判っているんだから、きょうはこのくらいにしておこう。おめえも数《かぞ》え日《び》にここでいつまでも納涼《すず》んでもいられめえ。家へ帰って嬶《かかあ》が熨斗餅《のしもち》を切る手伝いでもしてやれ」
「じゃあ、もうようがすかえ」
「もうよかろう」
 ふたりは連れ立って神田へ帰った。寒い風は夜通し吹きつづけたので、火事早い江戸に住んでいる人達はその晩おちおち眠られなかった。とりわけて御用を持っているからだの半七は、いよいよ眼が冴えてまんじりともしなかった。あくる朝七ツ(午前四時)頃から寝床をぬけ出して、行燈の灯で煙草をのんでいると、割れるように表の戸を叩く者があった。
「誰だ。誰だ」
「わっしです。亀です」と、外であわただしく呼んだ。
「豆腐屋か。馬鹿に早えな」
 家の者はまだ起きないので、半七は自分で起って戸をあけると、亀吉は息をはずませて転げ込んで来た。
「親分。富蔵が殺《や》られた」

     四

 見す見す猫をなくしたのを強情に知らないと云い張って、たとい一時で
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