出た。
「親分。不思議なことがあるもんですね」
「むむ、広い世間にはいろいろのことがある」と、半七はうなずいた。「だが、まあ、ここまで足を運んだ効能はある。それでもう大抵|見当《けんとう》は付いたが、今度はその鬼っ児の出どころだ。いや、それもすぐに判るだろう。それでお前の方はもう年明《ねんあ》けらしい。おれは脇へ廻るからここで別れようぜ」
「富の野郎はどうしましょう」
「さあ、今のところじゃあしようがねえ。まあ打っちゃって置け」
「あい」と、亀吉は渋々に別れて行った。
 あまり長追いをするほどの事件でもないと思ったが、かれの性分としてなんでも最後まで突き留めなければ気が済まないので、半七はその足で山の手まで登ってゆくと、冬の日はもう暮れかかって寒そうな鴉の影が御堀の松の上に迷っていた。麹町五丁目の三河屋へたずねてゆくと、筋向うの煙草屋の店さきに善八が腰かけていた。
「親分、いけねえ。市丸はまだ帰らねえそうですよ」と、かれは待ちくたびれたように云った。
「大きに御苦労。その市丸のところへ近ごろ女がたずねて来たらしい様子はねえか」
「来ました、来ました。女中に聞いたら、なんでも小粋な二十五
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