かなか強いんですから」と、女房は嘲るように笑っていた。「お前さんのような意気地なしはどうだとか斯うだとか云って、そりゃあもうひどい権幕で……。かりにも世間に対しては叔父さんだとか云っている人を、さんざん小突きまわして、表へ突き出してしまったんです。それでも其の人はなんにも云わないで、おとなしく悄々《しおしお》と出て行きました。もっともお津賀さんにかかっちゃあ大抵の男はかなわないかも知れませんよ」
「そのお津賀さんというのは家にいるかえ」と、半七はうしろを見返りながら訊いた。
 おなじ裏長屋でもお津賀の家は小綺麗に住まっているらしく、軒には亀戸《かめいど》の雷除《らいよ》けの御札《おふだ》が貼ってあった。表の戸は相変らず錠をおろしてあるので、内の様子はわからなかった。
「ゆうべから帰って来ないようですよ」と、女房はまた笑った。
「で、どうだい。隣りの富蔵とおかしいような様子はないかね」
「そりゃあ判りませんね。あの人のことですから」
「そうだろう」と、半七も笑った。「いや、日の短けえのに手間費《てまづい》えをさせて済みません。さあ、亀。もう行こうぜ」
 女房に挨拶して、ふたりは露路の外へ
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