引ったくってしまった。しかし紙入れには三分ばかりしか這入っていなかったので、富蔵はまだ料簡しないで、これから俺と一緒に行ってすぐに其の金を工面《くめん》しろと責めているところへ、丁度にお津賀が帰って来て、きっと自分が受け合うから今夜のところは勘弁してくれと頻りに富蔵をなだめて、無事にその男を自分の家へ連れ込んだ。
富蔵の猫はこういう事情で失われたのであった。かれが半七に対して、飽くまで知らないと強情を張っていたのは、たとい自分に相当の理があるとは云え、物取り同様に相手を手籠《てご》めにして、その紙入れを無体に取りあげたという、うしろ暗い廉《かど》があるからであろうと想像された。
「それからどうしたね。その男は後金《あとがね》を持って来たらしいかえ」と、半七はまた訊いた。
「その晩は無事に済んで、その人はそれからお津賀さんの家で小一刻《こいっとき》も話して帰ったようでしたが、その明くる晩また出直して来ると、なんだかお津賀さんと喧嘩をはじめて、両方が酔っていたらしいんですが、お津賀さんはその人をつかまえて表へ突き出してしまったんです」
「ひどい女だな」と、亀吉は眼を丸くした。
「そりゃな
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