真っ蒼になった。「一体どうして死んだんでしょうね」
「こんなことは津の国屋でも隠しているし、おいら達も知らねえ顔をしているんだが、おめえは今夜その道連れになって来たというから、まんざら係り合いのねえこともねえから」
「あら、棟梁、忌《いや》ですよ。あたしなんにも係り合いなんぞありゃしませんよ」
「まあさ。ともかくも其の娘と一緒に来たんだから、まんざら因縁のねえことはねえ。それだから内所《ないしょ》でおめえにだけは話して聞かせる。だが、世間には沙汰無しだよ。おいらがこんな事をしゃべったなんていうことが津の国屋へ知れると、出入り場を一軒しくじるような事が出来るかも知れねえから。いいかえ」
 文字春は黙ってうなずいた。
「おいらも遠い昔のことはよく知らねえが、親父なんぞの話を聞くと、あの津の国屋という家《うち》は三代ほど前から江戸へ出て来て、下谷の津の国屋という酒屋に奉公していたんだが、三代前の主人というのはなかなかの辛抱人で、津の国屋の暖簾《のれん》を分けて貰ってこの町内に店を出したのが始まりで、とんとん拍子に運が向いてきて、本家の津の国屋はとうに潰れてしまったが、こっちはいよいよ繁昌にな
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