くというのは、一体どういう訳なんでしょうね」
 彼女は兼吉を無理に呼び込んだのも、実はこの恐ろしそうな秘密を聞き出したいためであった。兼吉も初めはいい加減に詞《ことば》をにごしていたが、自分がうっかり口をすべらしてしまった以上、その詞質《ことばじち》を取って問い詰めるので、彼もとうとう白状しないわけには行かなくなった。
「出入り場の噂をするようで良くねえが、師匠はおいらから見ると半分も年が違うんだから、なんにも知らねえ筈だ。その娘《こ》は自分の名をなんとか云ったかえ」
「いいえ。こっちで訊いても黙っているんです。おかしいじゃありませんか」
「むむ。おかしい。その娘の名はお安というんだろうと思う。八王子の方で死んだ筈だ」
 文字春はいよいよ[#「いよいよ」は底本では「よいよい」]身を固くして、ひと膝のり出した。
「そうです、そうですよ。八王子の方から来たと云っていましたよ。じゃあ、あの娘は八王子の方で死んだんですか」
「なんでも井戸へ身を投げて死んだという噂だが、遠いところの事だから確かには判らねえ。身を投げたか首をくくったか、どっちにしても変死には違げえねえんだ」
「まあ」と、文字春は
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