、やがて店のなかへ引っ返して来た。
「おい、御亭主。この頃に誰かこの銀杏の木へ登りましたかえ」
「いいえ、そんなことは無いようです」と、辰蔵は答えた。
「だって、小さい小枝がみんな折れている。その折れた路がまっすぐに付いているのを見ると、どうも誰か登ったらしい。ここらに猿はいめえじゃねえか」
「そうでございます」と、辰蔵はよんどころなしに笑った。「それじゃあ近所の子供が銀杏《ぎんなん》を取りに登ったかも知れません。随分いたずら者が多うございますからね」
「そうかも知れねえ」と、半七は笑った。「それから木の下にこんな物が落ちていたが……」
 それは一枚の小さい鳥の羽であった。辰蔵は思わず覗き込んだ。
「鳥の羽ですね」
「どうも鷹の羽らしい。もし、おまえさん。これは鷹でしょうね」
 眼の前に突きつけられて、鳥さしの老人はその薄黒い小さい羽をじっと視た。
「そうです。たしかに、鷹の羽でございます」
「そうすると鷹があの木の上に降りて来て……」と、半七は銀杏のこずえを指さした。「足の緒《お》が枝にからんで飛べなくなったところを、誰かが登って行って捉えたと、まあ、こう判断するんですね。小枝は折れ
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