これでまずお杉と吉見との関係は確かめられた。ゆうべも吉見が来たらしいかと訊いたが、荒物屋の女房もさすがにそこまでは知らないと云った。そこへ鳥さしの姿が見えたので、半七は外へ出て招くと、老人は黐竿をかかえて小走りに急いで来た。
「もし、これだけ捕って来ました」
 老人は一生懸命になって猟《あさ》り歩いたらしい。運の悪い雀が十二三羽も籠の中に押込まれていた。
「たいそう捕れましたね」と、半七は笑いながら云った。「それだけあればたくさんです。ところで、どうでしょう。その雀の羽には黐が付いているが、それでも飛べますか」
「飛べるのもあり、飛べないのもあります」と、老人は云った。「しかし、どうせこの黐は洗って取るのです。黐の付いているままでお鷹にやるわけには行きませんからね」
「ここで逃がさないように巧く洗えますかえ」
「そりゃ洗えないことはありませんよ」
「そうですか。だが、まあ、その儘にして出かけましょう」
「これから何処へまいります」
「すぐそこの料理屋へ行くんです」
 半七は老人に何かささやくと、彼はおとなしくうなずいた。草履の代を払って、半七は先に立って出てゆくと、やがて彼《か》の辰蔵の店のまえに来た。小料理屋といっても、やはり荒物屋兼帯のような店で、片隅には草鞋や渋団扇《しぶうちわ》などをならべて、一方の狭い土間には二、三脚の床几《しょうぎ》が据えてあった。その土間をゆきぬけた突き当りに、四畳半ぐらいの小座敷があるらしく、すすけた障子が半分明けてあるのが表からみえた。店口の柳の木には一匹の荷馬がつないであった。と思うと、店のなかでは俄かに呶鳴る声がきこえた。
「この野郎、横着な野郎だ。三日の約束がもう五日になるでねえか」
 半七は表から覗《のぞ》いてみると、今しきりに呶鳴っているのは、三十五六の赭《あか》ら顔の大男で、その風俗はここらの馬子《まご》と一と目で知られた。その相手になって何か云い争っているのは、やはりおなじ年頃の色の黒い、中背の男で、おそらく亭主の辰蔵であろうと半七は想像した。
「嘘つき野郎め、ふてえ奴だ、われには何度だまされたか知れねえぞ。もうその手を食うものか、耳をそろえて直ぐに渡せ」と、馬子は嵩《かさ》にかかって哮《たけ》り立った。
「嘘をつく訳じゃねえ。今ここにねえから我慢してくれと云うのだ。近所隣りの手前もあらあ。無暗《むやみ》に大きな声をす
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