罪犯人である。生き物と聞いて、彼はすぐに鶴殺しを思いうかべたのであるが、相手はほほえみながら頭《かぶり》をふっていた。
「鶉《うずら》ですかえ」と、半七はまた訊いた。
この時代には鶉もいろいろの問題を起し易い生き物であった。善兵衛はやはり首をふって、焦《じ》らすように半七の顔を見た。
「判らねえか」
「わかりませんね」
「はは、貴様にも似合わねえ。生き物は鷹《たか》だ。お鷹だよ」
「へえ、お鷹でございますか」と、半七はうなずいた。「そのお鷹が逃げたんですか」
「むむ、逃げた。それで、御鷹匠は蒼くなっているのだ。けさ其の叔父というのが駆け込んで来て、おれにいろいろ泣き付いて行ったが、ほかの事とも違うから、打っちゃっては置かれねえ。その当人も可哀そうだ。早くなんとかしてやりたいと思うのだが……」
お鷹といえば将軍の飼い鳥である。それを逃がした鷹匠は命にかかわる椿事《ちんじ》で、かれは切腹でもしなければならない。本人は勿論、その親類どもがうろたえて騒ぐのも無理はなかった。
「そこで、そのお鷹はどこでどうして逃がしたのですかえ」と、半七は訊《き》いた。
「それが重々悪い。遊所場《ゆうしょば》で取り逃がしたのだ」
「宿《しゅく》ですね」
「そうだ。品川の丸屋という女郎屋だ」
善兵衛の説明によると、事件の顛末《てんまつ》はこうであった。鷹匠の光井金之助が、二人の同役と連れ立って、きのうの午《ひる》すぎから目黒の方角へお鷹馴らしに出た。鷹匠はその役目として、あずかりの鷹を馴らすために、時々野外へ放しに出るのである。由来、鷹匠なるものは高百俵、見習い五十俵で、決して身分の高いものではないが、将軍家の鷹をあずかっているので、「御鷹匠」と呼ばれて、その拳《こぶし》に据えているお鷹を嵩《かさ》に被《き》て、むやみに威張り散らしたものである。かれらは絵で見るように、小紋の手甲脚絆草鞋穿《てっこうきゃはんわらじば》きで菅笠をかぶり、片手に鷹を据えて市中を往来する。その場合にうっかり彼等にすれ違ったりすると、大切なお鷹をおどろかしたと云って、むずかしく食ってかかる。その本人はともかくも、その拳に据えているのは将軍家の鷹であるから、それに対してはどうすることも出来ないので、お鷹をおどろかしたと云いかけられた者は、大地に手をついてあやまらなければならない。万事がこういう風で、かれらはその捧げ
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