いうのである。勿論、手形には主人のほか家来何人としるしてあるが、荷物が多くなったので臨時に荷かつぎの人間を雇ったといえば、大抵無事に通過することを許されていた。殊に御用の道中などをする者に対しては、関所でも面倒な詮議をしなかった。この男もそれを知っていて、あしただけの供を七蔵に頼んだのであった。
 大方そんなことであろうと、七蔵も最初から推量していたので、彼はその男から三分の銭《ぜに》を貰ってすぐに呑み込んで、あしたの明け六ツまでに本陣へたずねて来るように約束して、彼はその男と別れた。こういうことは武家の家来が一種の役得《やくとく》にもなっていたので、よほど厳格な主人でない限りはまず大眼《おおめ》に見逃がしておく習いになっていた。殊に七蔵の主人の市之助はまだ若年《じゃくねん》であるので、勿論そんなことは家来まかせにして置いた。
 あくる朝になると、その男は約束の通りに来た。
「わたくしは喜三郎と申します。なにぶん願います」
 彼は市之助のまえにも挨拶した。そうして、型ばかりの荷物をかつがせて貰って、かれは市之助主従のあとに付いて出た。彼はなかなか旅馴れているとみえて、峠へのぼる間もいろ
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