ら、ことしの今まで顔出しもしなかったのである。
「ちげえねえ。小森さんの屋敷の七蔵か。てめえ、渡り者のようでもねえ、あんまり世間の義理を知らねえ野郎だ」
「だから今夜はあやまっている。大哥、拝むから助けてくんねえ」
「てめえに拝み倒されるおれじゃあねえ。嫌だ、嫌だ」
多吉は強情に跳ね付けているのを聞きかねて、半七は口を出した。
「まあ、そう色気のねえことを云うなよ。そこで、七蔵さんという大哥はわたし達になんの用があるんです。わたしは神田の半七という者です」
「やあ、どうも……」と、七蔵はあらためて会釈《えしゃく》した。「親分、後生だから助けておくんなせえ」
「どうすりゃあお前さんが助かるんだ」
「実は旦那が私を手討ちにして、自分も腹を切るというんで……」
「ふむう」
これには半七もおどろかされた。どんな事情があるか知らないが、武士が家来を手討ちにして自分も腹を切る、それは容易ならないことだと思った。多吉もさすがにびっくりして、行儀の悪い膝を立て直して云った。
「まあ蚊帳《かや》へはいれ。一体そりゃあどういう理窟だ」
二
七蔵の主人の小森市之助というのは、今年まだ二十
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