、隠れている人の耳にはすぐ響いたらしい。お関が返事をする間もなく、押入れの戸をさらりとあけて、若い侍が蒼ざめた顔を出した。かれは片手に刀を持っていた。
「わたしは小森市之助だ、家来を手討ちにして切腹しようとするところへ、人の足音がきこえたので、召捕られては恥辱と存じて、ひとまず押入れに身をかくしていたが、覚られては致し方がない。どうぞ情けに切腹させてくれ」
 刀を取り直そうとする臂《ひじ》のあたりを、半七はあわてて掴んだ。
「御短慮でございます。まずお待ちくださいまし。この七蔵は又引っ返して参ったのでございますか」
「切腹と覚悟いたしたれば、身を浄《きよ》めようと存じて湯殿へ顔を洗いにまいって、戻ってみれば重々不埒な奴、わたしの寝床の下に手を入れて、胴巻をぬすみ出そうと致しておった。所詮助けられぬとすぐ手討ちにいたした」
 七蔵の手には果たして胴巻をつかんでいた。抱き起してみると、まだ息が通っているらしいので、半七は取りあえず気付けの薬をふくませた。お関に云いつけて、冷たい水を汲んできて飲ませた。手当ての甲斐があって、七蔵はようように正気が付いた。
「やい、しっかりしろ」と、半七は彼の
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