それでも未練で、彼女はまだ立ち去らずに縁側に忍んでいると、内では七蔵が眼を醒ましたらしかった。そうして、喜三郎となにかひそひそ話し合っているらしかったが、やがて再び障子がそっとあいたので、お関は碌々にその人の姿も見きわめないで、あわてて自分の部屋に逃げて帰った。裏二階の人殺しがほんとうの油差しの男に発見されたのは、それから小半刻《こはんとき》の後であった。
 自分のかかり合いになるのを恐れて、お関は役人に対して何も口外しなかったが、前後の模様からかんがえると、自分が七蔵の座敷に忍びこんだときに、喜三郎は人を殺して帰って来て、七蔵となにか相談して又そこを出て、中庭から塀越しに逃げ去ったものらしく思われた。勿論、自分はその事件に何のかかり合いもないのであるが、丁度その座敷に居あわせたという不安と、もう一つは市之助の身を案じて、先刻からそこらにうろうろしているのであった。
「そうか。判った」と、半七はその話を聴いてうなずいた。「して、その武家はどうした」
「今までここにおいででしたが……」
「隠していちゃあいけねえ。ここか」と、半七は押入れを頤《あご》で示して訊いた。
 その声は低かったが
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