、自分も腹を切ろうと覚悟を決めたのである。ゆうべの酒もすっかり醒めてしまって、七蔵はふるえあがった。
「それは御短慮でござります。まずしばらくお待ちくださりませ」
一生懸命に主人をなだめているうちに、彼は宵に廊下で出逢った多吉のことを思い出した。多吉に頼んでその盗賊を取り押えて貰ったら、又なんとか助かる工夫《くふう》もありそうなものだと、彼はすぐにこの部屋に転《ころ》げ込んで来たのであった。
その話を聴いて半七と多吉は顔をみあわせた。
「しかし旦那は立派な覚悟だ。それよりほかにしようはあるめえ。おまえさんも尋常に覚悟を決めたらどうだね」と、半七は云った。
「そんなことを云わねえで、後生《ごしょう》だから助けておくんなせえ。この通りだ」と、七蔵は両手をあわせて半七を拝んだ。根が差したる悪党でもない彼は、もうこうなると生きている顔色《がんしょく》はなかった。
「それほど命が惜しけりゃあ仕方がねえ。おめえはこれから逃げてしまえ」
「逃げてもようがすかえ」
「おめえがいなければ旦那を助ける工夫《くふう》もある。すぐに逃げなせえ。これは少しだが路用の足しだ」
半七は蒲団《ふとん》の下から紙
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