がありますかえ」
半七は利兵衛の暗い顔をのぞきながら訊くと、今度は彼の語る番になった。
「実は去年の冬でございました。隠居が風邪《かぜ》をひいて半月ばかり臥せっていたことがございます。その看病に手が足りないので、店の方から小僧を一人よこしてくれと云うことでしたから、あの音吉をやりましたところが、あれは横着でいけないというので一日で帰されまして、その代りに徳次郎をやりますと、今度は大層お此さんの気に入りまして、病人の起きるまで隠居所の方に詰め切りでございました。その後もなにか隠居所の方に用があると、いつでも徳次郎をよこせと云うことでしたが、前のことがありますので別に不思議にも思っていませんでした。正月の藪入りの時にも、お此さんから別にいくらか小遣《こづか》いをやったようでした。それからこの二月の初め頃でございました。夜なかに庭口の雨戸を毎晩ゆすぶる者があるといって、小女のお熊が怖がりますので、店の方でも心配してお此さんに訊いてみますと、それはお熊がなにか寝ぼけたので、そんなことはちっとも無いと堅く云い切りましたから、こちらでも安心してその儘にいたしてしまいましたが、今となってそれやこれ
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