日、猫のいたずらと云って貼り換えさせた障子のやぶれは、徳次郎という白猫のいたずらの跡であろう。舌のさきで濡らして破ったのを、更に大きく引き裂いて猫の罪になすり付けるぐらいのことは、二十七八の女でなくても、思いつきそうな知恵である。こう煎じつめてみると、徳次郎の兄が山城屋へ捻《ね》じ込んで来るのも、間違ったことではないらしく思われる。勿論、一方は主人、一方は家来で、しかもそれが他愛もない冗談から起ったわざわいである以上、たとい表沙汰になったところで、お此に重いお咎めの無いのは判っているが、それからひいて徳次郎との秘密も自然暴露することになるかも知れない。さなきだに種々の噂をたてられている娘が、いよいよ瑕物《きずもの》になってしまわなければならない。山城屋の暖簾《のれん》にも疵が付かないとも云えない。また人情としても、徳次郎の遺族にそのくらいの贈り物をしてやってもよい。それが半七の意見であった。
 利兵衛は息をつめて聴いていたが、やがて溜息まじりに云い出した。
「親分さん。恐れ入りました。そう仰しゃられると、わたくしの方にも少し思いあたることがございます」

     四

「なにか心当り
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