さきで突いたのであるから、たとい一時の痛みを感じても、それが恐ろしい大事になろうとは、本人もお此も更に思い付かなかった。なにか血止めの薬でも塗って置いて、その場はそのままに済ませたのであるが、あいにくその針のさきには人の知らない一種の悪い毒が付いていたらしく、店へ帰ってから徳次郎の傷ついた舌のさきが俄かに強く痛み出して、遂に不運な美少年を死に誘ったのであろう。これは医者の玄庵から教えられた予備知識に、半七自身の推断を加えた結論であった。その苦しみのあいだに、彼はまったく口をきくことが出来ないのでもなかったかも知れないが、そこに秘密がひそんでいるために、彼はわざと口を閉じていたのかも知れない。宿へ下がって、いよいよ最期《さいご》の日が近づいたと自覚した時、兄や嫂《あね》にいろいろ問い迫られて、彼はとうとう、その秘密を洩らしたのかも知れない。お此さんに殺されたという一句は、おそらく彼のいつわりなき告白であろう。
 お此の部屋の障子を切り貼りさせたというのも、この事実を裏書きするものである。下から三、四段目の小間といえば、あたかも彼が縁側へ這いあがって首をもたげたあたりに相当する。殊にその翌
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