を越して耳も眼もうとく、小女はいっこう役に立たないので、その秘密を誰もさとらなかったのであろう。そのうちに恐るべき宵節句の日が来た。
その日、お此はいつものように六畳の部屋で針仕事をしていると、徳次郎も店の隙を見ていつものように忍んで来た。或いは使にゆく振りをして出て来たのかも知れない。かれは抜き足をして庭口から縁先へ忍び寄って、おそらく咳払いくらいの合図をしたであろうが、内には見す見すお此の坐っている気配がしていながら、わざと焦《じ》らすように返事をしなかったので、彼は縁側へ這いあがって、閉め切ってある障子の紙を舌の先で嘗《な》めて破って、その穴から内を覗《のぞ》こうとした。それは子供のよくするいたずらである。ませているようでもまだ十六の彼は、冗談半分にこうして障子の紙をやぶった時に、内からそれを見ていたお此は、これも冗談半分に、自分の持っている縫い針でその舌の先をちょいと突いた。勿論、軽く突いたのであろうが、時のはずみで針のさきが案外に深く透《とお》ったので、内でも外でもおどろいた。しかし元来が秘密の事件であるから、徳次郎は思い切って声を立てることも出来なかった。
それでも針の
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