たか。おい、おい、音吉」
 二、三間も先に立ってゆく小僧を呼び戻して、利兵衛は訊いた。
「このあいだ隠居所の障子を切り貼りに行ったのは、お前じゃなかったか」
「わたくしです」と、小僧は答えた。「お此さんがいつも仕事をしている六畳の障子です。なんでも猫がいたずらをしたとかいうことで、下から三、四段目の小間《こま》が一枚やぶけていました」
「いつ頃だか、その日をたしかに覚えていないかえ」と、半七は訊いた。
「おぼえています。お節句の日でした」
 半七はまたほほえんだ。それぎりで三人は黙ってあるいた。
 そのうちに深川の寺へゆき着いたが、葬式は極めて簡単なものであった。山城屋から三両という送葬《とむらい》料を取って置きながら、こんな投げ込み同様のことをするとは随分ひどいやつだと半七は思った。葬列の着くまえに近所の者が二、三人先廻りをしていて、徳蔵に手伝って何かの世話をやいていたが、そのなかの一人が半七を見て丁寧に挨拶した。
「やあ、神田の親分。おまえさんも見送りに来て下すったのですかえ。路の悪いのにどうも恐れ入りました」
 それは浅草に住んでいる伝介という男であった。三十二三の小作りの男で、
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