ございまして、それになんにも用がないもんですから、隠居所の方で毎日なにか仕事をして居ります」
 半七はかんがえながら又訊いた。
「わたしは知りませんが、裏の隠居所というのは広いんですかえ」
「いえ、それほど広くもございません。女中部屋ともで六間《むま》ばかりで、隠居はたいてい奥の四畳半の部屋に閉じ籠っております」
「娘は……針仕事をするんじゃあ明るいところにいるんでしょうね」
「南向きの横六畳で、まえが庭になっております。そこが日あたりがいいもんですから、いつもそこで仕事をしているようでございます」
「店の方から庭づたいに行けますか」
「木戸がありまして、そこから隠居所の庭へはいれるようになって居ります」
「なるほど」と、半七は思わずほほえんだ「それから其の隠居所の、お此さんのいる六畳の部屋で、近い頃に障子の切り貼《ば》りでもしたことはありませんかえ」
「さあ」と、利兵衛はすこし考えていた。「隠居所の方のことはくわしく存じませんが、そう云えば何でもこの月はじめに、隠居所の障子を猫が破いたとか云って、小僧が切り貼りに行ったことがあったようでした。併しそれはお此さんの部屋でしたか、どうでし
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