証拠が残らないことになる。どうしても死骸を寝かしている間になんとか決めてくれないでは困るというのであった。山城屋でも持て余して、半七の家へ使をやると、彼はもう出てしまったあとなので、どうすることも出来なかった。何やかやと捫着《もんちゃく》しているうちに、徳蔵の声はだんだん大きくなるので、山城屋の主人も我《が》を折って、かれの要求する三百両に対して百両を提供して、この以上はどうしても肯《き》くことはならない、これで不承知ならどうともしろと云い渡すと、徳蔵の方でも我《が》を折って、とうとうそれで納得することになった。かれは百両の金と引き換えに弟の死骸をひき取ることについて何の苦情はないという、後日《ごにち》のために一札を書かされた。
 その話を聴いて、半七はうなずいた。
「ああ、そうでしたか。だが、まあ、それで無事に納まれば結構でしょう。なにしろ、こんなことの出来《しゅったい》したのがお互いの災難ですからね」
「どうも仕方がございますまい」と、利兵衛はまだあきらめ切れないように云った。
「そこで、つかんことを訊くようですが、お此さんは針仕事をしますかえ」
「はい。針仕事は上手《じょうず》で
前へ 次へ
全41ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング