ことに馴れている半七は、そこにある手桶の水を柄杓《ひしゃく》に汲んで飲むような振りをして、早々に元のところへ帰って来た。夫婦もやがて帰って来たが、お留の顔色は前より悪かった。ときどき嶮《けわ》しい目をして忌々《いまいま》しそうに利兵衛を睨んでいるのが半七の注意をひいた。
やがて葬式が出る時刻になって、三十人ほどの見送り人が早桶について行った。それでも天気になって徳ちゃんは後生《ごしょう》がいいなどと云うものもあった。弟の葬式ではあるが、なにかの世話を焼くために徳蔵も一緒に出て行った。お留は門送《かどおく》りだけで家に残っていた。
雨は晴れたが、本所あたりの路は悪かった。そのぬかるみを渡りながら、半七はわざと後《あと》の方に引き下がって利兵衛と並んで歩いた。
「徳蔵は又お店へ行ったんですかえ」と、半七は歩きながらそっと訊いた。
「また押し掛けて来て困りました」
徳蔵は三両のとむらい金を貰って一旦帰ったのであるが、午《ひる》すぎになって又出直して来て、どうでも葬式を出すまえにこの一件の埒《らち》をあけてくれと迫った。自分の家の宗旨《しゅうし》は火葬であるから、死骸を焼いてしまえば何も
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