時刻もだんだん近づいて、町内の人らしいのが更に七、八人も詰めかけて来たので、せまい家のなかはいよいよ押し合うように混雑して来た。
その混雑にまぎれて、徳蔵夫婦の姿がどこへか見えなくなった。
三
半七はそっと起って台所の口から覗《のぞ》くと、夫婦は裏の井戸端に立っていた。裏は案外ひろい空地になっていて、井戸のそばには夏の日よけに植えたらしく、葉のない一本の碧梧《あおぎり》が大きい枝をひろげていた。その梧の木を背中にして、お留がなにか小声で亭主と話していたが、その様子がどうも穏やかでないらしく、普通の相談事でないように見えたので、半七は半分しめ切ってある腰高の障子に身をかくして、二人の様子をしばらく窺っていると、夫婦の声は少し高くなった。
「だからおまえさんは意気地がないよ。一生に一度あることじゃないじゃないか」と、お留は罵るように云った。
「まあ、静かにしろよ」
「だってさ。あんまり口惜《くや》しいじゃあないか。こうと知ったら、わたしが行けばよかった」
「まあいいよ。人にきこえる」
徳蔵は女房をなだめながら、思わずうしろを見ると、その眼があたかも半七と出合った。そんな
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