たので、半七はそこらの紙屋へ寄って、黒い水引《みずひき》と紙とを買って香奠《こうでん》の包みをこしらえた。それをふところにして徳蔵の店へゆくと、狭い家のなかには近所の人らしいのが五、六人つめ掛けていて、線香の匂いが家じゅうにただよっていた。
「ごめんなさい」
声をかけると、一人の女が起って来た。三十に近い、色の蒼白《あおじろ》い、痩せぎすの女房で、それがお留であるらしいことを半七はすぐに看《み》て取った。
「こちらは魚屋の徳蔵さんでございますか」
「はい」と、女は丁寧に答えた。
「御亭主はお内ですか」
「やどは唯今出ましてございます」
「左様でございますか」と、半七は躊躇しながら云い出した。「実はわたくしは外神田の山城屋さんの町内にいるものでございますが、うけたまわればこちらの徳次郎さんはどうも飛んだことで……。わたくしも御近所で、徳次郎さんとはふだんから御懇意にいたして居りましたので、ちょっとお線香あげに出ました」
「それは、それは、ありがとうございます。穢《きたな》いところでございますが、どうぞこちらへ……」
女はちょっと眼をふきながら、半七を内へ招じ入れた。どこで借りて来たの
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