《しいだ》すであろうと、荒物屋のおかみさんは羨ましそうに話した。
 徳蔵の女房は吉原の河岸店《かしみせ》の勤めあがりで、年《ねん》あきの後に、徳蔵のところへ転《ころ》げ込んで来たのである。亭主よりも四つ年上で、今年二十九になるが、商売あがりには珍らしい位にかいがいしい女で、服装《なり》にも振りにも構わずに朝から晩までよく動く。徳さんは良いおかみさんを持って仕合わせだと、これも近所に羨まれているとのことであった。
 半七は荒物屋を出て、更にほかの家で訊《き》いてみたが、近所の噂はみな一致していて、誰も魚屋の夫婦を悪くいう者はなかった。それほど評判のいい徳蔵が根もないことを云いがかりにして、弟の主人の店へねじ込んで行こうとは思われなかったが、それにしても三百両という大金をねだるのは少し法外であると半七は思った。勿論、人の命に相場はない、千両万両といわれても仕方がないのであるが、それほど正直者の徳蔵が自分の方から金高を切り出して強請《ゆすり》がましいことを云いかけるのがどうも呑み込めないように思われてならなかった。
 この上は正面から魚屋へ押し掛けて、徳蔵夫婦の様子を探るよりほかは無いと思っ
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