か、小綺麗な枕屏風《まくらびょうぶ》が北に立てまわされて、そこには徳次郎の死骸が横たえてあった。半七は式《かた》の通りに線香をささげ、香奠を供えて、それから死骸の枕もとへ這いよった。顔にかけてある手拭を少しまくって、かれはその死に顔をちょっと覗いて、隅の方へ引きさがると、お留は茶を持って来て、ふたたび丁寧に会釈《えしゃく》した。
「おなじみ甲斐にどうもありがとうございました。仏もさぞ喜ぶでございましょう」
「失礼ですが、おまえさんはこちらのおかみさんですかえ」
「はい。徳次郎の嫂《あね》でございます」と、彼女は眼をしばたたいていた。「徳蔵もほかにこれという身寄りも無し、あれ一人をたよりにしていたのでございます」
「かえすがえすも飛んだことで、実にお察し申します」
 半七は繰り返して悔みを述べて、それからだんだん訊き出すと、徳次郎は九つの春から山城屋へ奉公に出て、今年で足かけ八年になる。年の割には利巧で、児柄《こがら》もいい。ことしの正月の藪入りに出て来た時に、となりの足袋屋のおかみさんが彼を見て、徳ちゃんは芝居に出る久松《ひさまつ》のようだと云ったら、かれは黙って真っ紅な顔をしていた。
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