の通りの塩釜をめいめいに貰ったが、持って帰るのも邪魔になるので、半七はその菓子を山城屋の小僧にやった。そうして、そばにいた利兵衛にささやいた。
「番頭さん。済みませんが、少しお話し申したいことがありますから、小僧さんだけを先に帰して、おまえさんはちょいと其処らまで一緒に来て下さいませんか」
「はい、はい」
云われた通りに小僧を帰して、利兵衛は素直に半七のあとに付いてくると、半七はかれを富岡門前の或る鰻屋へ連れ込んだ。ここでは半七の顔を識っているので、丁寧に案内して奥の静かな座敷へ通した。半七も利兵衛も下戸《げこ》であったが、それでもまず一と口飲むことにして、猪口《ちょこ》を二、三度やり取りした後に、酌の女中を遠ざけて、半七は小声で云い出した。
「さっきも云う通り、徳次郎の一件はまあ百両で内済になって結構でしたよ」
「そうでございましょうか」
「後日に苦情のないという一札をこっちへ取って置いて、死骸は今夜火葬になってしまえば、もう何もいざこざ[#「いざこざ」に傍点]は残りませんからね。まあ、おお出来と云っていいでしょう。旦那にもよくそう云ってください。そうして、くどいようだが、当分は隠居所の方へ気のきいた者をやって、娘のからだに間違いのないように気をつけるんですね」
「そう致しますと……」と、利兵衛はひたいに深い皺をよせた。「やっぱり何かお此さんにかかり合いがあるんでございましょうか」
「ありそうですね」と、半七はまじめに云った。「ほかの事と違って、もう詮議のしようがありませんよ。娘をつかまえて吟味をするのはよくないでしょう」
この事件は頗るあいまいで、たしかな急所をつかむのは困難であるが、半七の鑑定はまずこういうのであった。今まで口を利くことの出来なかった徳次郎が、死にぎわにどうして話したか知らないが、かれがお此に殺されたというのはどうも事実であるらしい。芝居でする久松《ひさまつ》のような美しい小僧は、二十六七になるまで一人寂しく暮している美しい娘と、主従以外の深い親しみをもっていたのではあるまいか。そうして、ほんの詰まらないいたずらが彼を恐ろしい死に導いたのではあるまいか。お此が針仕事をしている部屋が庭にむかっているのと、その庭へは店の方から木戸をあけて出入りが出来るという事実から想像すると、徳次郎はいつもその木戸口から隠居所へ忍び込んでいたらしい。隠居は八十
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