ると、家主にも不憫が出て、たってこの親子を追い払うわけにも行かなかった。
「ただ捨てて来るから、又すぐ戻って来るのだ。今度は二度と帰られないように重量《おもし》をつけて海へ沈めてしまえ。こんな化け猫を生かして置くと、どんな禍いをするか知れない」
 家主の発議で、猫は幾つかの空き俵に詰め込まれ、これに大きい石を縛りつけて芝浦の海へ沈められることになった。今度は長屋じゅうの男という男は総出になって、おまきの家へ二十匹の猫を受け取りに行った。重量をつけて海の底へ沈められては、さすがの猫ももう再び浮かび上がれないものとおまきも覚悟したらしく、人々にむかって嘆願した。
「今度こそは長《なが》の別れでございますから、猫に何か食べさしてやりとうございます。どうぞ少しお待ち下さい」
 彼女は二十匹の猫を自分のまわりに呼びあつめた。きょうは七之助も商売を休んで家にいたので、おまきは彼に手伝わせて何か小魚《こざかな》を煮させた。飯と魚とを皿に盛り分けて、一匹ずつの前にならべると、猫は鼻をそろえて一度に食いはじめた。彼等は飯を食った。肉を食った。骨をしゃぶった。一匹ならば珍らしくない、しかも二十匹が一度に喉
前へ 次へ
全35ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング