を鳴らし、牙をむき出して、めいめいの餌食を忙がしそうに啖《くら》っているありさまは、決して愉快な感じを与えるものではなかった。気の弱いものにはむしろ凄愴《ものすご》いようにも思われた。白髪《しらが》の多い、頬骨の高いおまきは、伏目にそれをじっと眺めながら、ときどきそっと眼を拭いていた。
 おまきの手から引き離された猫の運命は、もう説明するまでもなかった。万事が予定の計画通りに運ばれて、かれらは生きながら芝浦の海の底へ葬られてしまった。それから五、六日を経っても猫はもう帰って来なかった。長屋じゅうの者はほっ[#「ほっ」に傍点]とした。
 併しおまきは別にさびしそうな顔もしていなかった。七之助は相変らず盤台をかついで毎日の商売に出ていた。その猫を沈められてから丁度七日目の夕方におまきは頓死したのであった。
 それを発見したのは、北隣りの大工の女房のお初で、亭主は仕事からまだ帰って来なかったが、いつもの慣習《ならい》で彼女は格子に錠をおろして近所まで用達に行った。南隣りは当時|空家《あきや》であった。したがって、おまきの死んだ当時の状況は誰にも判らなかったが、お初の云うところによると、かれが
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