な猫の啼き声がつづいて聞えた。亭主もぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]として、酒の酔いが少しさめて来た。彼はぬき足をして家へ帰った。
「ほんとうに立って歩いたか」
「あたしも芳坊も確かに見たんだもの」と、女房も顔をしかめてささやいた。小さい娘のお芳もそれに相違ないとふるえながら云った。
亭主もなんだか薄気味が悪くなって来た。ことに彼は猫を捨てに行った一人であるだけに、いよいよ好い心持がしなかった。彼はまた酒を無暗に飲んで酔い倒れてしまった。女房と娘とはしっかり抱き合ったままで、夜のあけるまでおちおち睡られなかった。
おまきの家の猫はゆうべのうちにみな帰っていた。ことに鋳掛屋の女房の話を聴いて、長屋じゅうの者は眼をみあわせた。普通の猫が立ってあるく筈はない、猫婆の家の飼猫は化け猫に相違ないということに決められてしまった。その噂が家主の耳へもはいったので、彼も薄気味が悪くなった。彼は再びおまき親子にむかって立ち退きを迫ると、おまきは自分の夫の代から住み馴れている家を離れたくない。猫はいかように御処分なすっても好いから、どうか店立《たなだて》をゆるして貰いたいと涙をこぼして家主に嘆いた。そうな
前へ
次へ
全35ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング