はさすがに武芸のたしなみがあるらしく、相手を土の上にねじ伏せて、雪駄《せった》をぬいで続け打ちになぐり付けた。
「河童野郎。八丁堀へでも、葛西《かさい》の源兵衛堀へでも勝手に行け。おれ達は渡り奉公の人間だ。万一|事《こと》が露《ば》れたところで、あとは野となれ、屋敷を追ん出ればそれで済むんだ。口惜《くや》しけりゃあどうともしろ」
 着物の泥をはたいて、平助は悠々と立ち去ってしまった。なぐられて、毒突かれて、提重の色男は意気地もなく其処に倒れていた。
「大哥《あにい》、ひどく器量が悪いじゃあねえか」と、半七は溝から這いあがって声をかけた。
「なにを云やあがるんだ。うぬの知ったことじゃあねえ」と、又蔵は面を膨《ふく》らせて這い起きた。「ぐずぐず云やあがると今度は汝《うぬ》が相手だぞ」
「まあ、いいや。そんなにむきになるな」と、半七は笑った。「どうだい、縁喜《えんぎ》直しに一杯飲もうじゃねえか。火消し屋敷で一度や二度は逢ったこともある。まんざら知らねえ顔でもねえ」
 手拭をとった半七の顔を、月の光りに透かしてみて又蔵はおどろいた。
「や、三河町か」

     四

 あくる朝、半七は八丁堀
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