又蔵はしつこく口説いた。「まあ、何とかしておくんなせえ。女に責められて全く遣り切れねえんだから。お前さんだって、まんざら覚えのねえことでもありますめえ。ちっとは思いやりがあっても好いじゃありませんか」
相手が黙って取り合わないので、又蔵も焦《じ》れ出したらしい。酔っている彼の調子は少し暴《あら》くなった。
「じゃあ、どうしてもいけねえんですかえ。もうこうなりゃ仕方がねえ。御用人がけさ八丁堀へ出かけたということだから、わっしもこれから八丁堀へ行って、若殿様はこういうところに……」
「嚇かすな」と、平助はまたあざ笑った。「両国の百日《おででこ》芝居で覚えて来やあがって、乙な啖呵を切りゃあがるな。そんな文句はほか様へ行って申し上げろ。お気の毒だが辻番が違うぞ」
まだ宵の口ではあるが、世間がひっそりと鎮まっているので、こうした押し問答が手に取るように半七の耳に伝わった。いずれこの納まりは平穏《おだやか》に済むまいと見ていると、それから二人のあいだに尖った声が交換されて、しまいには二つの影がもつれ合って動き出した。口では敵《かな》わない又蔵がとうとう腕ずくの勝負になったのである。それでも平助
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