は山崎さんではないかと訊くと、彼はそうだと答えた。それでもまだ不安らしい眼の色をやわらげないで、彼は自分と向い合っている岡っ引の顔をきっと見つめていた。
「若殿様のゆくえはまだちっとも御心当りはございませんか」
「一向に手がかりがないので困っています」と、平助は詞《ことば》すくなに答えた。
「神隠しとでも云うんじゃございますまいか」
「さあ、そんなことが無いとも限らない」
「そういうことだと、とても手の着けようもありませんが、ほかにはなんにも心当りはないんでしょうか」
「なんにもありません」
半七は畳みかけて二つ三つの問いを出したが、平助はとかくに木で鼻をくくるような挨拶をして、努めて相手との問答を避けているらしい素振りが見えた。用人の角右衛門は頭を下げてくれぐれも半七に頼んだのである。まして自分は当の責任者である以上、平助は猶更にこの半七を味方と頼んで、万事の相談や打ち合わせを自分から進めそうなものであるのに、彼はいつまでも油断しないような眼付きをして、なるべく口数をきかないように努めているのは何故であろう。それが半七には判らなかった。まかり間違えば腹切り道具のこの事件に対して、彼
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