まず挨拶した。
「まったくお察しください」と、軍右衛門は少し禿げかかった額《ひたい》ぎわに大きい皺をきざんで見せた。「なにぶんにも筋道の判らぬ一件で、手前共もまことに迷惑している。得体のわからぬ小娘の死骸をそのまま取り捨ててしまえば何の仔細もない事であるが、主人がどうしても不承知で、その身よりの者を探し出して必ず引き渡してやれという。さりとて当途《あてど》もない尋ねもの、第一にその死骸が何処をどうして屋敷の屋根の上に投げ込まれたのか、それすら一向に見当のつかぬような始末で、われわれ甚だ困却しているが、そちらは商売柄、なんとか筋道をたどって探索しては下さるまいか」
「へえ、小山の旦那からもお話がございましたから、何とか一と働きいたしたいと存じて居りますが……。そこでその死骸というのは何処にございます。寺の方へでももうお預けになりましたか」
「いや、夕刻までは手前の長屋に置いてある、一応見てください」
 用人の長屋は三畳と六畳と八畳の三間に過ぎなかった。その八畳の座敷の片隅に、小さい娘の死骸が北枕に寝かされて、さすがに水と線香とが供えてあった。半七は這い寄って娘の死骸をのぞいた。念のために
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