許がわからないということよりも、まず第一に諸人の頭を悩ましたのは、この幼い娘がどうして此の屋敷の大屋根の上に、小さい亡骸《なきがら》を横たえていたかという疑問であった。黒沼家は千二百石の大身《たいしん》で、屋敷のうちには用人、給人、中小姓、足軽、中間のほかに、乳母、腰元、台所働きの女中などをあわせて、上下二十幾人の男女が住んでいるが、一人もこの娘の顔を見識っている者はなかった。屋敷へふだん出入りする者の眷族《けんぞく》にも、こういう顔容《かおだち》の娘は見あたらなかった。身許不明の此の娘がどうして此の屋根のうえに登ったのか、その判断がなかなかむずかしかった。平屋《ひらや》作りではあるが、武家屋敷の大屋根は普通の町家よりも余っぽど高いのであるから、たとい長梯子を架けたとしても、三つや四つの幼い者が容易に這い上がれようとは思われない。そんなら天から降ったのか。あるいは天狗にさらわれて、宙から投げ落されたのではあるまいか。去年の夏から秋にかけて、江戸の空にはときどき大きい光り物が飛んだ。ある物は大きい牛のような異形《いぎょう》の光り物が宙を走るのを見たとさえ伝えられている。所詮はそういう怪し
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