見せに行ってやらないと、土の下で婆さんが寂しがります。これでも生きているうちは随分仲がよかったんですからね。はははははは。ところで、あんたはお午飯《ひる》は」
「もう済みました」
「それじゃあどうです。別に御用がなければ、これから向島の方角へぶらぶら出かけちゃあ……。わたくしは腹こなしにちっと歩こうかと思っているところなんですが……」
「結構です。お供しましょう」
 ずるそうな青年は、ああ手帳を持って来ればよかったという思《おもい》入れ、すぐに老人のあとに付いてゆく。同じ鳴物にて道具まわる。――と、向島土手の場。正面は隅田川を隔てて向う河岸をみたる遠見、岸には葉桜の立木。かすめて浪の音、はやり唄にて道具止まる。――と、下手より以前の老人と青年出で来たり、いつの間にか花が散ってしまったのに少しく驚くことよろしく、その代りに混雑しないで好いなどの台詞《せりふ》あり、二人はぶらぶらと上手へゆきかかる――。
 ここまで本読みをすれば、誰でも登場人物を想像するであろう。老人は例の半七老人で、青年はわたしである。老人はわたしの問うにしたがって浅草あたりの昔話を聞かせてくれた。聖天《しょうでん》様や
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