か。こういう晩にお通いもまたお楽しみなものでございます。わが物と思えば軽し傘の雪とか申しましてね。ははははは」
こっちの出鱈目《でたらめ》を知っているのか、知らないのか、徳寿は如才なく調子をあわせた。
「なにしろ悪く寒いね」
「この二、三日は冴え返りました」
「これから田圃を突っ切るのは楽じゃあねえ。どうだい、あすこで蕎麦の一杯も啜《すす》り込んで威勢をつけて行こうじゃねえか。おまえも附き合わねえか。廓へはいるのはまだちっと早かろう」
「はい、はい、どうも御馳走さまでございます。わたくしは下戸《げこ》でございますけれど、御酒《ごしゅ》を召しあがるお方は一杯あがらなければ、この田圃はちっと骨が折れます。はい、はい、ありがとうございます」
一町ばかりを引っ返して、半七は小さな蕎麦屋の暖簾《のれん》をくぐると、徳寿は頭巾の雪をはたきながら、古びた角火鉢へ寒そうに咬《かじ》り付いた。半七は種物《たねもの》と酒を一本あつらえた。
「これはあられ[#「あられ」に傍点]でございますね。江戸前の種物はこれに限ります。海苔の匂いも悪くございませんね」と、徳寿は顔じゅうを口にして、蕎麦のあたたかい匂い
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