った。きょうのことは誰にも云っちゃあならねえぜ」
口止めをして半七は徳寿に別れた。
「どうしても、今度はその寅松という野郎を探し出さなけりゃあならねえ」
半七は寅松|兄妹《きょうだい》が住んでいたという裏長屋をたずねて、その家主《いえぬし》に逢った。家主も兄妹のゆくえを知らなかった。しかし去年の押し詰まりに、寅松がどこからかそっと舞い戻って来て、近所の寺へ幾らかの金を納めて行ったという噂があると話した。二人はすぐに其の寺をたずねてゆくと、寺でも最初はあいまいなことを云っていたが、結局去年の暮の十五日に寅松が不意に顔を出して、五両の金を納めて行ったと打ち明けた。
「寅松の両親はこの寺に埋まっているんですが、なにしろあの通りの道楽者ですから、近所にいながら盆暮の附け届けも碌々したことはないんです。それが何と思ったか、不意にたずねて来て、なにぶん御回向《ごえこう》を頼むと云って五両という金をめずらしく置いて行きました」と、住職も不思議そうに話した。「そうして、こんなことを云っていました。妹も先頃からゆくえ知れずになってしまって、何処にどうしているか判らないから、家出の日を命日だと思って、
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