が寮に出ているあいだも毎日かならず逢いに来ることは出来なかった。女はそれをもどかしく思って、男が二日も顔をみせないとすぐに呼び出しの手紙をやる。その文使いの役は徳寿であるので、彼が誰袖に可愛がられるのも無理はなかった。
「それほど可愛がってくれるところへ、お前はなぜ忌《いや》がって寄り付かねえんだ」と、半七はまた訊いた。「あとの係り合いが面倒だと思うのか」
「それもありますが……。それはおかみさんがいい人ですから、そうむずかしいこともあるまいと思いますが……。このあいだも申し上げました通り、あすこの寮へ行って、花魁のそばに坐っていますと、何だかぞっ[#「ぞっ」に傍点]としてどうしても我慢が出来ないのでございます。どういう訳ですか、自分にも一向わかりません」と、徳寿も思案に余るような顔をして見せた。
「あすこの店で此の頃に死んだ女でもあるかえ」
「そんな話は聞きません。大地震の時には大勢死んだそうですが、その後は一人も無いようです。なにしろ、先《せん》の旦那と違って、おかみさんも若旦那も善い人ですから、抱えの妓《おんな》どもをいじめたという噂も無し、心中した妓もないようです」
「よし、判
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