らく》ぼんやりしていたが、やがて気がついておみよの死骸を抱きおろした。その死骸を奥へ運んで頸《くび》にからんでいる帯をといて、北枕に行儀よく横たえて、かれは泣いて拝んだ。母にあてた書置は火鉢のひきだしに入れ、自分にあてた書置は自分のふところに押し込んで、彼も女のそばですぐ縊れて死のうと覚悟したが、ここで一緒に死んではかのお登久に済まないような気がしたので、彼は半分夢中でおみよの帯をかかえながら表へそっとぬけ出した。それからどこをどう歩いたか、かれは死に場所を探しながら帯取りの池へ迷って行った。女の帯で首をくくろうか、それとも池へ身を投げようかと思案しているところへ、あいにくと幾たびか人が通るので、彼は容易に死ぬ機会を見出すことが出来なかった。陰った夜で、空には弱い星が二つ三つ輝いているばかりであった。その星の光を仰いでうっとりと突っ立っているうちに、薄ら寒い春の夜風が肌にしみて、彼は急に死ぬのが恐ろしくなった。彼はかかえていた女の帯を池へ投げ込んで、暗い夜路を一散に逃げ出した。
 しかし彼は一種の不安に付きまとわれて、すぐに自分の家へ帰ることも出来なかった。たとい自分が手をおろして殺し
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