屋敷の者に見つけられたのであった。この前の妾はなにか不埒をはたらいて主人の手討ちに逢ったとかいう噂を聞いているおみよは、根がおとなしい女だけに、もう生きている空もないようにふるえ上がってしまった。彼女は母と一緒に練馬へゆく途中から逃げて帰って、約束の茶屋で千次郎に逢って、自分の秘密が屋敷に知れた以上は、もう生きてはいられないと嘆いた。
 その話を聞いて気の小さい千次郎はおびえた。おみよばかりでなく、不義の相手の自分とても或いは屋敷へ引っ立てられて、どんなわざわいに逢うかも知れないと恐れた。しかし彼は女と一緒に死ぬ気にもなれなかった。おみよから心中の話をほのめかされたのを、彼はいろいろに宥《なだ》めすかして、その日の夕方にともかくも市ヶ谷の家へ帰らせたが、なんだか不安心でもあるので、彼は途中から又引っ返しておみよの家へたずねて行くと、もう遅かった。おみよは台所の梁《はり》に麻の葉の帯をかけて縊《くび》れていた。長火鉢のそばに母と自分とに宛てた二通の書置があった。急いだとみえて、どっちも封をしてなかったので、彼は二通ながら披《ひら》いて見た。
 あまりの驚きと悲しみとに、千次郎は少時《しば
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