う」
 それが第二の疑問であった。帯はまだ新しい綺麗なもので、この時代でも売れば相当の値になるものを、誰が惜し気もなく投げ込んで行ったものか、それに就いてはいろいろの想像説があらわれた。ある者は盗賊の仕業《しわざ》であろうと云った。盗賊がどこからか盗み出して来たのを、邪魔になるので捨てたのか、或いは後の証拠になるのを恐れて捨てたのか、おそらくは二つに一つであろうとのことであった。又ある者は誰かの悪戯《いたずら》であろうと云った。ここが帯取りの池ということを承知の上で、世間の人を騒がすためにわざとこんな帯を投げ込んだものであろうとのことであった。併しそんな悪戯はもう時代おくれで、天保以後の江戸の世界には、相当の物種《ものだね》をつかって世間をさわがせて、蔭で手をうって喜んでいるような悠長な人間は少なくなった。したがって、前の説の方が勢力を占めて、これはきっと盗賊の仕業に相違ないということに決められてしまった。
 併しその盗賊は判らなかった。その被害者もあらわれて来なかった。疑問の帯は辻番所にひとまず保管されることになって、そのまま二日《ふつか》ばかり経つと、ここにまた思いも寄らない事実が
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