んけれど、合羽坂の質屋にいた時分から何か引っ懸りがあるように思われるので、あたしは何だか好い心持がしないもんですから、時々それをむずかしく云い出しますと、いいえ決してそんなことはないと、どこまでもしら[#「しら」に傍点]を切っているんです」
千次郎は夜泊りなどをする様子はない。商売用のほかに方々遊びあるく様子もない。合羽坂にいるときから鬼子母神様が信仰で、月に二、三度はかならず参詣に来る。その以外には何の怪しい廉《かど》もないが、たった一度、女の手紙らしいものを持っていたことがある。勿論、見付けられると同時に、千次郎はすぐ破ってしまったので、自分はその文句を読んだことはないが、その以来注意して窺っていると、彼はなんだか落ち着かないところがある。自分に対して何か隠し立てをしていることがあるらしい。それが面白くないので、半月ほど前にも自分は彼と喧嘩をした。そうして、是非ともすぐに女房にしてくれと迫ったこともある。それから間もなく、彼は姿を隠したのであった。
「そうか。そいつあいけねえな」と、半七もまじめにうなずいた。「だが、師匠。おふくろに苦労させるのが可哀そうだからなんて、うまくおれを
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